自己紹介(Part3)

MIKADOで御座います。いよいよ自己紹介も3回目です。今回は高校生編をご覧に入れましょう。御興味のある方は簡単な自己紹介ではありますが是非最後まで目を通して頂けると幸いです。

高校生

2014年…この年はとにかく「絶好調」…この言葉が似合っている年でした。高校将棋選手権、高校将棋新人戦共に1年生にも関わらず全国大会に参加する事が出来たのは嬉しい以外の何物でも無かったですね。私の県はなんと言っても圧倒的日本一の参加者人数(つまり代表になれる確率が全国で最も低い)と全体レベルの高さが特徴でしたので結果で実力が証明された事が何よりうれしかったですね(しかし全国大会ではそれが裏目に出てしまい、どんな強いヤツがいるのだろうと期待していた分予選で対戦する選手たちのレベルの低さになんと”対戦中に”「この程度かよ…」と失望していました。当然内容も圧倒的な差をつける場面も多々。しかし将棋は1発逆転がそこら辺に転がっているレベルで有り得るゲーム、信じられないような大逆転負けを何度も演じました…なんと高校生大会の全国の舞台でのトータルの戦績の半分以上がそういう内容という現実が如何に自分が相手の実力に失望してからの油断による大逆転負けを引き起こしたのかを表す最大の証明かが分かると思います(まぁ自分のせいですがね笑)…これだけは、今はもう昔の話と笑えるものの当時はずっと引きずっていました。

2015年…暗黒時代を迎える事になります。皆様にはそうなって欲しく無いので中学生や高校生向けの発信も波が訪れたらやろうかなと考えています。実は中学生の時の将来の夢の主な候補は官僚、医師、研究者でした。しかし官僚や研究者では人生ハードモードになるという事を”真の”社会勉強を行う事で確信したので高校では医師一択状態でした。また私の高校は自称進学校という事もあり「良い大学に行く者であればあるほど将来は明るい」という無言の圧力がありました(ただ今思い出すと優秀な教師程「大学どこ行ったかなんてカンケーないわ」と口にしていたが当時は「医学部医学科に行けなかったら人生終了」という洗脳を受けていたのでその言葉を信用する事は無かったのだ)そこで「将棋は全国制覇、バスケットも国体選出&先ずは全国出場、勉強も医学部医学科レベルに追いつく」事を目標に4月から張り切ったのだ。これからの悪夢など知る由も無く…まず私は勉強に打ち込んだ。今までは自宅の自室机でする事と言えば将棋しかなかったのだがなんとそんな私が勉強のみ行うようになったのだ。正直言って面白くは無い(数学、物理を除く)が「受験に合格する為」という大義名分が私をそうさせていた。だがこれが高校時代を悲劇にいざなう結果となったのだ…勉強を始めて2週間程経った頃、日中常に何かに憑りつかれたかのように身体がだるいのだ。当然である。毎日戦闘に明け暮れるようなヤツが突然ずっと机に向かう…それは血流の急激な悪化を意味するのだ。当時の私は自分の身体の丈夫さを過信していた。でなければこんな事最初からする等無かった…それからというものの高校時代はまともな状態で日常を過ごせた記憶はほぼ無く、将棋では高校の大会全部気の抜けた対局で全ての大会で県準準々決勝で逆転負け…バスケットも休みがちに、そして勉強も4月時が嘘のように何もしなくなった、いや正確にはしようとしても禁断症状のような状態でそれどころではなかったのだ…

2016年…今思えばこの年は軽い鬱状態だったかもしれません(すいません言い過ぎました。本当に鬱だったら回復はかなり困難と聞いていますのでやはり鬱と言うワケではないですね)。当時はやはり完全に「医学部医学科に行けなかったら人生終了」という洗脳を受けていたので受験勉強しなければならない…と脳内にはあるのに一向に興味皆無科目の勉強をする意欲も行動も無く、教材を目の前に置く…ただそれだけで全身に倦怠感が襲い開始5分後にベッドで横たわる日々…だんだん受験そのものの価値を疑うようになるものの代わって何をすれば良いのかも分らぬまま時間だけが過ぎていった…結局受験料のかからない大学校医学部医学科のみをまともに受験しただけ(もちろん不合格)で他の受験戦績は、他の大学校の1次試験は通ったものの行く気は無かったので入学は考えず、さらにセンター試験は受験したが2次試験など考えただけで悪寒がするくらい全てにおいて意欲を失っていた為どこも受験せず…結局行先はどこも無かった為しぶしぶ浪人の道を歩む事に…そして私はあの世に行く事になったのであった…(つづく)

次回でいよいよ自己紹介もラストとなります。ここまでご覧になって頂いた方々にはただただ感謝しかありません。次回もご覧頂けると幸いです。それでは、See ya.

コメント

タイトルとURLをコピーしました